◎才能、能力、素質(人間の力量)等の差について考えてみます
〇先ず意味の説明をします[若干の意見(l印)も付け加えました]
1素質=@生まれつき備わっている性質、資質 A将来発展するものとなる性質性質=本来持っている固有の特長 生まれ付きの性分、たち、気質 資質=生まれ付きの性質や才能 素質l基本的には変えることの出来ないものを指している
2才能=@物事をなしとげる能力 A理解、記憶、習得、判断、処理、実行等の頭の働きと能力l才能には先天的なものと後天的なものがあります 生れながらにしてもっているもの、備わっているものと生れた後開発されたもの、身に付けたものの2つがあります 実際の才能評価は2つのプラスで考えられます 先天的なものは変わらないが 後天的な開発のされ方は人により大きな違いがある為 才能 には大きな違いが出ます
3能力=仕事、学問等々をなしうる力や働きl能力はどちらかと言えば結果を表わしています 才能と同じく後天的な影響力 のほうが強い為 人により大きな違いが出ます
〇解釈を同じ土俵にしたいと思います 素質の解釈の違い(素質の定義)
@生れた時点での違いを指すのか
A開発される可能性を指すのか
B開発されたもの、量、質を指すのか 上記3つが考えられます
*@生れた時点での違いを指す場合 生後直後〜数ケ月以内で なおかつ外部からの教育、刺激、訓練等をしていない状態で有る、無い又はどの程度かを判断します 厳密に言えば胎教もしない状態を指します 逆に胎教 生後直後〜数ケ月以内で同一訓練、刺激、教育をした状態での出来、不出来の違い(実際には同一状態には出来ない 実験室でも表面上は同一にしても母親の外部刺激、心の状態等 微妙に違ってくる ましてや実生活の中での同一は不可能)で素質の有る無しを測定する
l上記で素質の違いを考えた場合 ほぼ無い等しいもし有るとしても道路のへこみ程度と考えられる
*A開発される可能性を指す場合 人間は未知の膨大な可能性を持っています仮りに全可能性を点数で表わし10万点と考えてみましょう 差が有るとはこの数字が変わってくると言う事です
l上記で素質の違いを考えた場合 この場合でも素質の違いは極わずかで道路のへこみ程度としか考えられません 10万と9万9千の違い程度でむしろ訓練のされ方 しかたでの違いと考えられます
l残念ながら人間はいまだ全能力10万点を出していません 優秀な人でも3万点位です(部分的には8万点を出しているものもありますが)と言うことは誰でもトップに成る可能性が有ることになります
*B開発されたもの、量、質を指すのか この場合差が出ると思います ある人は3万点 又ある人は1万点と数字に違いがでます
l上記で素質の違いを考えた場合 これは訓練のされ方 しかたでの違いです この差を素質の違いと考えるのは少しおかしいと思います 何故ならば 点数 の違いのほぼ100%(99%)が外部からの教育、刺激、訓練 及び外部からの教育、刺激、訓練に対する心構え、気構え、創意等による違いから出ているもので何かがよく出来る人 早く出来る人には必ずその理由、背景があります 突然出来た事でもその背景があります
☆素質の違いを計るのは@又はAです Bで無いことは確かです
〇素質の差を感じる人に
1、差の比較について歴史上の優秀な人物と比べたり 又現在地球上に生存の人物ベスト10番の人と比較したりしています これらは少し横に置いて下さい この人達と比較することは余りにも貴方がかわいそうです
2、素晴らしい才能、能力を発揮した人の 表面に出ていない苦労、努力の部分を見ていますか これでは成し遂げた人がかわいそう
3、才能、能力の開発、開花には最適な時期が関係していることを御存知ですか遅すぎたり 早すぎても無駄になったり、時間がかかったりします 伸ばす時期に伸ばしておかないと 後ですると何倍も時間と努力がいり素質を感じてしまいます
4、人間はほぼ白紙の状態でこの世に誕生しています 人間は他の動物と違いコンピュ−タで言うプログラムが打ちこまれてない状態でこの世に誕生します〔育てるのはご髄意に〕という事になっています おかしな又間違ったプログラムを打てば間違った育ち方をしてしまう その事はオ オカミ小女等の話しでよく分ると思います オオカミに育てられるとオオカミの様になってしまいます 大人の人間の脳はひとつの細胞から5、60本の配線がされています その配線は生れてから訓練を繰り返しているうちに出来るものであって 生後はほぼ無配線の状態ですすなわち『氏より育ち』を証明しています 馬は生れてすぐに四つ足で歩きますが馬は生れた時点で配線が出来ています 人間にはこういう芸当は出来ません人間の能力は後天的なものがほとんどです
5、人間の能力の限界 人間の能力には当然限界があります その上限を数値で100としましょう この数値は人間の全能力の数値であって 各方向、各方面に100出せるという事数値ではではありません さてここで頭に入れておいて頂きたいことは極論ですが運動能力に100使ってしまうと他は0になるという事です物理学者湯川博士はすべてに優れていたのではなく物理学者として優れていたのであって 貴方の一番優れている能力と比べると湯川博士は劣る事になります人間の能力は合計で計算されます
6、誰でも天才私たち人間はすべての能力を出し切っていない 140億ある脳細胞の内 人間の使用量は5%前後だと言われています アインシュタイン博士でさえ11%しか使用していない 東大卒業に必要な使用量を8%とした場合 外から良い頭脳を持ってくる必要はなく 自分の頭脳を少し余分目に使えば良いだけになる
7、人間は万物の霊長であり 私たちはその一人である
8、平等化、平均化 東大卒の父親と東大卒の母親 よく聞く話しである しかし人間の能力全般に言える事に平等化、平均化するという特長があります 私は頭悪い俺はアホやと思い 又現実にそうであっても2人から生れる子は平等化、平均化されてこの世に誕生します ご安心下さい もし平等化、平均化されないと人類は滅亡してしまいます 脳が何らかの形で破壊されていない限り人は皆同じである
9、素質の違いは1万に対して5〜10である 親の遺伝などで優れた素質をもってこの世に誕生する人間がいます しかしいくら優れていても生れて間の無い赤ちゃんが大人の才能に勝てる訳がありません 赤ちゃん程度の能力では何ら社会で通用しません バカな事を言っている 様に思われそうですが このことは言い返れば優れた能力にするには現在の赤ちゃんの能力の何千倍も必要に成ってきます 必要な能力指数を10000とした場合素質をもってこのように誕生した人とそうで無い人との差は1万分の10対1万分の1この程度の違いだけです無いに等しい
10、選ばれた者だけがこの世に誕生している この世に誕生する競争率は何百分の1でも 何千分の1でもありません何億分の1の競争率に勝ち抜いてきた者だけがこの世に誕生しています その勝者があなたです
11、才能、能力の計り方一つの才能、能力はいろんなものが寄せ集まって結果が出ています(才能、能力の測定) 才能は才能因子(能力因子)によって形成されています 才能因子とは才能を成り立たせる原因となる個々の要素の事で立ち向う事柄によって才能因子は違ってきます 例えば 仕事で事務職の才能因子は知識 技能 理解力 判断力が必要であり 管理者の才能因子は知識 技能理解力 判断力 問題解決力 創造力 構成力 管理力 統率力等がいります 声楽家には声楽 家の才能因子(音感 声) ピアニストはピアニストの才能因子(音感 手先の器用さ等)話し方には話し方の才能因子があり 必要になってきます さらに細かい因子が必要であり影響してきます
12、 時代との関係 今天才と言われている人は 千年前でも天才と言われか 又千年後でも天才か 天才ゴルファ−と言われていてもゴルフの無かった時代に生まれなければ無縁のものになってしまう 今その対象があるから素質があり優れていると言われているのである あなたも違う時代に生まれれば何かで天才と言われるかもしれない 時代が天才を作ってる
*上記から
@必要な才能因子を伸ばす事によって才能は伸る事になる
A才能因子は単独でなりたっているものではなくリングになっている リングは一番弱い所で切れる 10の才能因子のうち9が100点であっても1つが50点であれば50で切れる(表面には50しか才能は無いと出る)事になるこの事は現実社会の中で知る人、発見する人は少ない 弱い因子を伸ばすか 強い因子で形成している(得意な事 得意仕事)分野に進む
B必要な或は開発しなければならない才能因子をまちがえない 間違って伸ばしも結果として能力に変化が見られない
C同時に2人の人が話し方を勉強して伸に差が出ることがよくある いろいろ考えられるが 1つは勉強の期間、量、質の違い 2つ目に話し方に共通する才能因子を過去に何かの勉強、趣味、遊び等で伸ばしていた事が考えられる 素質の差ではない 少し余分に訓練刷れは簡単に差は埋められる
D得手不得手を見極める自分にとって得意なもの、不得意なもの 障害の多いもの、少ないもの 合うもの合わないものを早く見付け進む 注不得意なもの 障害の多いもの 合わないものが実際には合っている場合もある
E時代による
☆素質、才能について知らない人は むやみに素質、才能が無いと言う事を表現する 事はつつしむべきである 他人(特に子供に対して)そして自分に対しても
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